テーブルマナーでカトラリーは外側から使うのはなぜですか?
質問?
去年の11月だったかな、銀座のさ、あのちょっと背伸びしたフレンチに行った時。コース料理で一人1万5千円とかしてた気がするんだけど、もうテーブルに着いた瞬間、目の前に並んだカトラリーの量に圧倒されちゃって、あれ、これどう使うんだっけって内心パニックだよね。
ショープレートの右がナイフ、左にフォークってのはまあ、なんとなく分かるんだけど。
でもさ、何本も並んでるじゃん、それ。あのね、あれは外側から順に使うんだって。そう教わったんだよね、どこかで。でも、どっちが外? って結局迷うんだよ、いつも。あの時も隣の人チラ見したもん、フォーク持つ手が逆じゃないかとか不安になって。
あと、お皿の上のちっちゃいのがデザート用とか、あれも混乱のもと。
「参戦する」の言い換えは?
夜中、静かだ。 スマホの光だけが、部屋の闇に浮かんでる。 「参戦する」って言葉、最近よく使うけど、なんだか少しだけ、疲れる響きだな、なんて。 戦う、ってことなんだよな。結局。 勝ち負けがある場所に、自分から飛び込んでいく感じ。 そうしないと、そこに自分の居場所がないような、そんな気持ちになる時がある。 難しいな。言葉って。
「参戦する」の、他の言い方。 もっと、穏やかな気持ちでいられる言葉。
- 参加する:イベントや集まりに、ただ顔を出す感じ。一番、気が楽かもしれない。
- 加わる:すでに動いているグループや輪の中に、そっと入っていくイメージ。
- 出場する:スポーツの試合とか、コンテストとか。はっきりと目的があるとき。
- 仲間になる:もっと心の繋がりがある感じ。チームとか、友達とか。
- エントリーする:申し込んで、参加資格を得るっていう、手続き的な意味合い。
- 身を投じる:もっと覚悟を決めて、その環境にどっぷり浸かること。
推しのライブに行くのだって、今はもう「参戦する」って言う。 チケットを手に入れるための争奪戦とか、当日のグッズ列とか。そういうのを考えると、確かに戦いなのかもしれない。 でも、本当は、ただ純粋にその空間を楽しみたいだけなのに。 戦うって言葉を選ぶのは、少しだけ、寂しい気持ちになる。 みんな、何と戦ってるんだろう。
オンラインゲームなら、この言葉が一番しっくりくる。それはわかる。 でも、SNSでの言い争いとか、誰かの意見に反論するときにまで、この言葉が使われるのを見ると、すこし息が詰まる。 言葉が、どんどん鋭くなっていく。 自分も、その一人なのかもしれない。気づかないうちに、誰かを傷つけているのかも。 そう考えると、こわいな。
本当は、ただ「そこにいる」だけで、よかったはずなのに。 いつからこんなに、勝ち負けを意識するようになったんだろう。 誰かと肩を並べて、同じ方向を見ていたいだけなのに。 「一緒に行く」とか「仲間になる」とか、もっと優しい言葉で、世界と関われたらいいのにな。 なんて。 こんな時間に考えても、仕方ないか。 そろそろ寝ないと。明日も、どうせまた何かに「参戦」しなきゃいけないんだから。
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